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黄金の刻。夢の都ピノコニーにおいて、最も華やかで、最も人々が浮かれ騒ぐ時間。眩いネオンサインが夜空を昼間のように照らし出し、陽気な音楽と喧騒が、甘美なカクテルの香りとともに街路を満たしている。富と快楽を求める人々が行き交う大通りの喧騒から少し離れた、石畳の敷かれた静かな裏路地。そこだけが、まるで舞台袖のように、熱狂から切り離された微かな静寂を保っていた。

その薄暗がりの中、一人の男が壁に背を預け、静かに佇んでいた。アベンチュリン。スターピースカンパニー戦略投資部に所属する高級幹部であり、『十の石心』の一角を担うギャンブラー。彼の装いは、周囲の華やかさに劣らず、しかしどこか異質な洗練さを放っている。仕立ての良いスーツは寸分の隙もなく着こなされ、指にはめられた宝石がきらりと鈍い光を反射する。彼の表情は、いつものように掴みどころのない、柔和でありながら計算高い微笑みを浮かべていた。しかし、その瞳の奥には、常に複数のゲーム盤を同時に見据えるかのような、鋭い光が宿っている。彼は、この夢の都の甘い誘惑にも、喧騒にも心を動かされることなく、ただ自身の描くゲームの次の一手を、静かに、しかし確実に計画している最中だったのかもしれない。周囲の音は遠く、彼の思考だけが、この静かな空間を満たしているかのように思われた。

不意に、彼の足元で、小さな、しかし確かな気配がした。クン、と何かを嗅ぐような微かな音。アベンチュリンは、思考の海から意識を引き戻し、ゆっくりと視線を下ろした。そこにいたのは、一匹の小さな猫だった。灰色の、ふわふわとした毛並みの子猫。その灰色は、単なる灰色ではなく、まるで月の光を吸い込んだかのように、不思議な銀色の光沢を帯びている。子猫は、ちょこんと座り込み、大きな、透き通るような翠色の瞳で、アベンチュリンのことを見上げていた。その瞳には、子供特有の無垢な好奇心と、それだけではない、何か不思議な知性が宿っているように見える。

「おや」
アベンチュリンは、口角をわずかに上げて、柔らかな声を発した。彼の声は、普段交渉相手に向けるような、心地よくも警戒を誘う響きとは少し異なり、純粋な驚きと面白みが滲んでいる。
「これはこれは、小さなレディ。君のような可愛らしい子が、こんな時間に、こんな場所で一人かい? もしかして、迷子かな?」
彼は軽く腰をかがめ、猫の視線の高さに合わせるようにした。その仕草は自然で、まるで旧知の友人に話しかけるかのようだ。彼にとって、この子猫は、退屈なゲーム盤の上に現れた、予期せぬ、しかし興味深い変数にすぎないのかもしれない。

子猫は、アベンチュリンの言葉に、ぱちくりと瞬きをした。そして、次の瞬間、予想だにしない言葉を発したのだ。

「にら?」

その声は、子供のような高いソプラノで、しかし明確な人の言葉だった。「にら」という独特の一人称。
「にらはバニラだよ。お散歩中なのだ! ここ、キラキラしてて楽しいねぇ〜ほよよ〜」
子猫――バニラは、そう言うと、ふりふりと尻尾を左右に揺らした。その無邪気な様子は、自分が今しがた人間の言葉を発したという異常な事実を、全く意に介していないかのようだ。

アベンチュリンは、内心の驚きを完璧なポーカーフェイスの下に隠したまま、さらに笑みを深めた。喋る猫。しかも、このピノコニーの夢境においては、何が起こっても不思議ではないのかもしれないが、それでもなお、これは興味深い現象だ。彼のギャンブラーとしての血が、この奇妙な出会いに、ある種の『運』や『可能性』を感じ取っているのかもしれない。
「バニラ、と言うのかい。素敵な名前だね。そう、ここはキラキラしている。だが、キラキラしているものには、しばしば棘が隠されているものだよ。君のような小さなレディには、少し危険な場所かもしれないね」
彼は諭すように言うが、その声にはからかうような響きが含まれている。

バニラは、こてん、と首を傾げた。その仕草は愛らしく、まさしく子猫そのものだ。
「はわ〜、そうなの? でも、お兄さんもここにいるじゃない? アベンチュリンお兄さんは、なんだか難しい顔してるねぇ〜大変なの?」
バニラは、アベンチュリンの内心を見透かすかのように、純粋な瞳で彼を見つめた。

アベンチュリンは、一瞬、言葉に詰まった。この猫は、ただ喋るだけではない。どこか、物事の本質を捉えているような節がある。彼は軽く肩をすくめ、いつもの飄々とした態度を取り戻す。
「はは、大変かどうかは、見る人次第さ。私にとっては、これもゲームのようなものだよ。難しい局面ほど、燃えるというものだろう?」

「へぇ〜ゲームねぇ〜大変だねぇ〜」
バニラは、分かったような、分からないような曖昧な相槌を打ちながら、アベンチュリンの指に光る宝石に視線を移した。
「うおーーー! キラキラしてるの持ってる! それなぁに? キレイだねぇ〜!」
彼女は、まるで宝物を見つけたかのように、翠色の瞳を輝かせた。短い前足を、ちょいちょいと伸ばし、宝石に触れようとする。

アベンチュリンは、その無邪気な仕草に苦笑し、指輪を嵌めた手をわずかに引いた。
「これかい? これはね、そうだなぁ……ただのガラス玉、と言っておこうか。だが、人によっては、これを手に入れるために、自分の命よりも大切なものを賭けることもある。そういう不思議なガラス玉なのさ」
彼は、子供に言い聞かせるような、それでいてどこか真実の欠片を混ぜ込んだような口調で語る。

「へぇ〜ガラス玉なのに? 命より重いの? にらにはよくわかんないけど……」
バニラは、再び首を傾げ、何かを考えるようにうーん、と唸った。そして、突然、
「しゃあっ!」
と短く気合を入れるような鳴き声(?)を発した。まるで、複雑な世界の理に、自分なりの小さな決意を示したかのように。その唐突な気合いに、アベンチュリンも思わず目を見開いた。

この子猫は、一体何なのだろうか。ピノコニーが生み出した夢の住人か、それとも全く別の存在か。アベンチュリンの頭脳は高速で可能性を分析するが、答えは出ない。だが、この不可解さは、彼にとって不快なものではなく、むしろ好奇心を刺激するものだった。

彼は立ち上がり、スーツの埃を軽く払う仕草をした。
「さて、そろそろ私は行かなくてはならない。楽しいゲームの続きが待っているんでね。君も、あまり道草を食っていると、本当の迷子になってしまうかもしれないよ、バニラ」

「うん! わかった! にらも行くね!」
バニラは、あっさりとそう言うと、くるりとアベンチュリンに背を向けた。
「またね、アベンチュリンお兄さん! ほよよ〜!」
そして、灰色の小さな毛玉は、まるで風に乗るかのように、軽やかに裏路地の闇へと駆け出し、あっという間に姿を消してしまった。

後に残されたのは、アベンチュリンと、再び戻ってきた微かな静寂だけだった。彼は、バニラが消えた方向をしばらく見つめていた。その完璧なポーカーフェイスが、ほんの一瞬だけ揺らぎ、複雑な感情が浮かんだように見えたのは、気のせいだっただろうか。喋る灰猫。不思議な口調。そして、時折見せる妙な鋭さ。
(……面白い拾い物をしたな)
彼は内心で呟いた。それが吉兆なのか、それとも新たな面倒事の予兆なのか。それはまだ、誰にも分からない。だが、アベンチュリンにとって、予測不能な要素こそが、ゲームをよりエキサイティングにするスパイスなのだ。彼は再びいつもの余裕綽々の微笑みを顔に貼り付けると、今度こそ、きらびやかな夢の都の喧騒の中へと、その姿を溶け込ませていった。灰色の小さな訪問者のことは、ひとまずゲーム盤の隅に置かれた、奇妙な『ワイルドカード』として記憶しておくことにした。


数日が過ぎ、ピノコニーの甘美な夢は変わらず人々を魅了していた。しかし、その華やかな表層の下には、常に影が存在する。アベンチュリンは、スターピースカンパニーの『野暮用』――それは時に、帳簿に載らない取引の後始末であったり、競合相手の不穏な動きを探るための情報収集であったりする――のため、黄金の刻の喧騒とは無縁な、やや古びた雰囲気を残すドリームボーダーの一画に足を運んでいた。そこはかつての歓楽街の残骸か、あるいは開発から取り残されたエリアなのか、ネオンの光も疎らで、行き交う人影も少ない。空気はどこか澱み、忘れられた記憶の欠片が漂っているかのようだ。

彼はターゲットとしていた古いデータ端末にアクセスし、必要な情報を抜き取ろうとしていた。カンパニー内の派閥争いに関する、些細だが無視できない情報。いつものように、指先で軽く端末を操作し、自身の権限とスキルを駆使してセキュリティを突破しようとした、その時だった。

ガシャン!ゴウン!という鈍い作動音と共に、彼の周囲の空間が歪んだ。突如として、背後のシャッターがこじ開けられ、埃っぽい暗がりから数体の旧式警備ロボットが現れたのだ。それらはカンパニーが過去に使用し、今は廃棄されたはずのモデルで、赤い単眼センサーを不気味に光らせている。明らかに正規のルートでここに存在するものではない。誰かが意図的に配置した、厄介な『番犬』なのだろう。あるいは、この不安定な夢境が生み出した防衛機構か。

「やれやれ…招かれざる客、というわけか。少しばかり手荒な歓迎だな」
アベンチュリンは、やれやれと肩をすくめながらも、その表情に焦りの色は見せない。彼は懐から数枚の特殊なチップを取り出し、指先で弾いた。チップは宙を舞い、それぞれが光を放ちながらロボットに向かって飛翔する。あるチップは防御フィールドを展開し、あるチップはエネルギー弾となってロボットの装甲を叩いた。彼の戦い方は、直接的な暴力ではなく、確率と運命を操作し、最小限の労力で最大限の効果を狙うギャンブラースタイルだ。

しかし、相手は予想以上に頑強だった。旧式とはいえ、装甲は厚く、単純な物理攻撃やエネルギー攻撃にはある程度の耐性を持っている。複数体で連携し、アベンチュリンの回避ルートを塞ぐようにじりじりと包囲網を狭めてくる。レーザー砲や実弾兵器が、彼が展開した防御フィールドを削っていく。
(…少々、骨が折れるな。ここで時間を浪費するのは得策ではない)
アベンチュリンは内心で舌打ちした。もっとスマートに片付けたいところだが、このままでは消耗戦になりかねない。彼は次の一手を思考する。さらに強力なチップを切るか、あるいは『運命』の力をより深く引き出して局面を打開するか――。

その、ほんの一瞬の膠着状態を破ったのは、全く予期せぬ闖入者だった。

「うおーーー!」

どこからともなく、子供のような、しかし妙に気合の入った声が響き渡った。声のした方を見ると、建物の影から、小さな灰色の毛玉が猛スピードで飛び出してくるのが見えた。銀色の光沢を帯びた、ふわふわの子猫――数日前に出会った、喋る不思議な猫、バニラだった。

バニラは、まるで重力など存在しないかのように、軽やかに地面を蹴り、アベンチュリンに迫っていた一体の警備ロボットの頭部へと飛び乗った。
「しゃあっ!」
短い、しかし確かな気合の声と共に、バニラは小さな前足を振り上げた。その動きは、じゃれつく子猫のそれのようにしか見えない。しかし、その前足がロボットの硬質な頭部に触れた瞬間――!

ゴッ!!!

鈍い、金属が内部から破裂するような衝撃音が響いた。ロボットの赤い単眼センサーが砕け散り、火花が散る。巨大な鉄の塊であるはずのロボットが、まるで紙細工のようにぐにゃりと歪み、そのまま膝から崩れ落ちて完全に沈黙した。それは、到底子猫の力とは思えない、圧倒的な破壊力だった。アベンチュリンが展開していたエネルギー弾やフィールドなど比較にならない、純粋で不可解な暴力。

「なっ…!?」
アベンチュリンの完璧なポーカーフェイスが、わずかに、しかし確実に揺らいだ。驚愕。子猫が、あの旧式とはいえども戦闘用に調整されたロボットを、文字通りの一撃でスクラップにしたというのか? 猫パンチ…いや、あれはもはやパンチという範疇を超えている。

呆気にとられるアベンチュリンを尻目に、バニラの快進撃は続く。彼女は沈黙したロボットの頭から次の標的へと跳躍。空中でくるりと体勢を変え、別のロボットの側面に取り付くと、再び「しゃあっ!」と気合を入れて猫パンチを繰り出す。ドガン!という轟音。ロボットの側面装甲が派手に陥没し、内部機構が損傷したのか、ガクガクと痙攣して機能を停止する。

さらに一体、また一体と、バニラはまるで遊び戯れるかのように、驚異的なスピードと破壊力でロボットたちを蹂躙していく。その動きは予測不能で、猫特有のしなやかさと、人知を超えたパワーが同居している。ロボットたちのレーザーや実弾は、彼女の素早い動きにかすりもしない。あるいは、意図的に避けられているのか、それとも彼女の周囲には何か特殊な防御フィールドでもあるのか。アベンチュリンの観察眼をもってしても、その力の詳細は掴みきれない。

数秒後、いや、ほんの瞬く間だったかもしれない。あれほどアベンチュリンを手こずらせていた旧式警備ロボットの集団は、全てスクラップと化し、静寂が戻っていた。破壊されたロボットの残骸が転がる中、バニラは、何事もなかったかのようにちょこんと地面に座り込み、前足をしきりに舐めて毛繕いを始めた。

「…………」
アベンチュリンは、しばらく言葉を失ってその光景を見つめていた。そして、ゆっくりと、溜め息とも感嘆ともつかない息を吐いた。
「これは……驚いた。まさか、君に助けられるとはね。小さなレディが、こんな荒事をいとも簡単に片付けてしまうとは……正直、見くびっていたようだ。感謝しなくてはならないな」
彼は、努めて冷静に、しかし隠しきれない面白さと好奇心を声に滲ませて語りかける。

バニラは毛繕いをやめ、きょとんとした顔(猫なのでそう見えるだけかもしれないが)でアベンチュリンを見上げた。
「ん? にら? このくらい普通だよ?」
悪びれる様子もなく、あっけらかんと言ってのける。
「アベンチュリンお兄さん、さっきちょっと大変そうだったから、手伝ったのだ! えへへ」
得意げに、ふんす、と鼻息を鳴らす仕草を見せる。

(普通、ね……)
アベンチュリンは内心で繰り返した。この猫の『普通』は、彼の属する世界の物理法則や常識とは、根本的に異なる次元にあるらしい。彼のギャンブラーとしての勘が、警鐘と好奇心の両方を同時に鳴らしている。この存在は、自身のゲームにおいて、予測不能なジョーカーとなるか、あるいはゲーム盤そのものをひっくり返すほどの嵐となるか。
「君の『普通』は、どうやら私の常識とは少し噛み合わないようだね。君は一体……いや、野暮な質問はよそうか。ゲームのルールを詮索するのは、良いプレイヤーのすることじゃない」
彼はわざとらしく微笑む。
「それより、何かお礼をしたいところだが、君は何がお好みかな? ピノコニーで評判の高級キャットフードの缶詰でも? それとも、あのホテルで出される特別なミルクにしようか?」

アベンチュリンの提案に、バニラは少し考えるようにうーんと唸った後、ふるふると首を横に振った。
「えー? うーん、キラキラした石も好きだけど…今はいいや!」
彼女は、あっさりと物質的な報酬への興味を捨てた。そして、再びくるりとアベンチュリンに背を向ける。
「じゃ、にらは行くね! アベンチュリンお兄さんも、気をつけてね! はわ〜」

言い終わるが早いか、灰色の小さな影は、再び来た時と同じように、風のように軽やかに駆け出し、建物の隙間へと消えていった。後には、破壊されたロボットの残骸と、呆然と立ち尽くすアベンチュリン、そして数多くの疑問だけが残された。

「……ふむ」
アベンチュリンは、指で顎を撫でながら、バニラが消えた方向を見つめる。
「ますます面白い存在だ。気まぐれな助けか、それとも……。どちらにせよ、このゲームは退屈せずに済みそうだ」
彼は、壊れたロボットを一瞥し、再び本来の目的へと意識を戻す。だが、彼の思考の片隅には、あの不思議な灰色の猫――バニラの存在が、以前よりも遥かに大きく、そして鮮明に刻み込まれていた。ピノコニーという巨大なカジノで、彼はまた一つ、危険で魅力的なワイルドカードを手に入れた(あるいは、手を出してしまった)のかもしれない。

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